“SDGsは「大衆のアヘン」である”

1ページ目にドーンと書いてあった。

“SDGsは「大衆のアヘン」”

昨今、メディアや行政、企業、市民団体等などで話題の「SDGs」ですが、この数年、とくにこの1年で急激に日本中に広まった感がありますが、いかがですか?


SDGsの「誰ひとり取り残さない」という理念は、僕もいいなぁと思っていました。

「SDGs」って、ナンノコッチャ?という方も、いらっしゃると思います。

もしくは「SDGs、ねぇ、う〜ん」のような、煮えきらない感覚をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。その煮えきらない感覚の理由はそれぞれだと思いますが、

本書では「SDGs、無意味」と、一刀両断してます。

エコバッグにしたから、ハイブリッド車、電気自動車に乗っているから、マイボトル持ち歩いているから、エコでしょ?

みたいな、感覚を初っ端に両断してます笑。

そんなんじゃ、無意味だよと。

そんな

『人新世の「資本論」』斎藤幸平著
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すごく、すごく大切なことがいくつも書かれている。けど、最初から振り返ると、「人新世(ひとしんせい)」とは、なんぞや、「資本論」とは、「資本主義」とは、「マルクス」とは、「SDGs」とは、みたいな前提が長くなりそうです笑。



つまるところ「脱成長のポスト資本主義」

“相互扶助と自治に基づいた脱成長のコミュニズム”に着地します。

よく分かんないと思いますが、僕もそんな感じです笑。

“コミュニズム”とはなんぞやと言ったら、“共産主義”ですね。



「SDGs」だろうと「パリ協定」だろうと「資本主義」を土台としていることには変わらない。

資本主義は、本当に人々を幸せにしているのか?資本主義は、たった1%の人を富めるために存在しているのではないか?経済の発展は人々の幸せか?

資本主義が気候変動を引き起こし、コロナ禍にさまざまな問題を起こしているのではないか?

「気候変動」をネタに金儲けをしているのではないか?電気自動車で本当に気候変動が防げるのか?ハイブリッドは本当に環境に優しいのか?

先進国が豊かさを享受する一方で、途上国にしわ寄せが行っているのではないか?

このまま、資本主義が続けば「歴史が終わる」のではないか?

それを防ぐためには「脱成長」であると。

「脱成長」とは、コロナでの「景気後退」やら「GDP」が伸び上がらないことではない。GDPは万人の幸せを表すものではない。「量から質」への転換が必要。プラネタリーバウンダリーに配慮しながら、経済格差の縮小、社会保障の充実、余暇の増大を重視する経済モデルへの転換しようとする一大プロジェクトだと。

だから「石炭火力発電所」を建設していたら脱成長ではない。経済成長していなくても、経済格差が縮小していないなら「脱成長」ではない。生産を縮小しても失業が増えるだけなら「余暇の拡大」には程遠い。削減すべきは、SUVや牛肉、ファストファッションであり、教育や社会保障、芸術ではない。

つまり、いまの日本は「脱成長」を先導する立場からは、かけ離れた、ただの「長期停滞」だと。

なるほど。“ただの「長期停滞」”は、しっくりきた。



とわいえ、具体的に、“じゃ、明日から社会変える”という具体策が示されてるわけじゃない。この活動は、ある意味すごく途方がないほど無謀に近い。

世界中が資本主義を手放して、“相互扶助と自治に基づいた脱成長のコミュニズム”に移行できるのか?

けれども、実は社会は、たった「3.5%」の人が本気で動くだけで、変われるとも示されている。

いまのままで、先延ばしをしていは、いずれ「歴史が終わる」ときがきてしまう。一刻も早く、資本主義を終わらせなければならない。 

そんな感じの提言本。

を、スタバで読む。笑。


はい。珈琲は資本主義の産物かな。脱資本主義で地産池消でいくなら、縁側で緑茶。