久坂部羊さんの『人はどう老いるのか』をAudibleで聴きました!

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久坂部羊さんは、医師で作家。外科医から外務省に入省して医務官として海外に赴任後、在宅医療従事。その後、作家デビューをされた方。

そんな、久坂部さんによる『人はどう老いるのか

“長生きすることはいいことだ”と言われ、少しでも生き延びること。命が最も大切だと言われるようなこの時代。戦前の日本は、命が軽かった。武士は切腹するし、特攻隊で多くの若者が死んでいった。一方、戦後は命が重くなった。そして、望みがあるなら、延命治療をするようになった。以前は在宅医療で、最期は自宅だった人が多かったが、現在では最期は病院でしかも、助かる見込みがなくても生かされる。それは、本人が望んでいることなのかと。


“長生きする”とは“老いる”こと。老いると、いつまでも元気でいられない。

頑固になる、心配が増える、嫉妬深くなる、頑固になり、小言が増え、愚痴っぽくなり、疑り深くなり、若い人に嫌われるオンパレードになる。ほかにも、様々な変化がやってくる。


そんな「老い」は、いずれやってくる。見てきたはずなのに、いざ自分に「老い」がやってくると、動揺する。そんな、「老い」についての「予習」ができるのがこちらの本です。


いつまでも元気でいたい。そう思っている人は多い。TVをみれば、いつまでも若々しい有名人がいたり、サプリメントのCMやら、元気でいられる食品、若々しくいられるネタを提供してくれる情報番組まで様々な情報が流れている。けれど、それでも本当に、いつまでも若くいられるかといえば、やっぱり老いる。

健康的な生活をしていれば、していないよりはいいだろうけど、それでも、ガンになることもあるし、認知症になってなる。どんなに気を付けて、意識していても、病気になるときはなるし、体に不調を感じるときはなる。

そんなときに、意識してきた分だけ、頑張ってきた分だけ、受け入れられなくなる人もいる。

誰しも、年配者は時間をかけて見て生きている。けど、自分もいずれこうなるとはあまり意識していない。


スーパー高齢者がTVに出ていると、それがフツーだと思ってしまう。けど、そうじゃない人が一般的だし、なんならスーパー高齢者もカメラが回っていないところや家ではフツーの高齢者かもしれない。にもかかわらず、スーパー高齢者をフツーだと思ってしまうと“こんなはずでは”となってしまう。



“老いる”とは、失うものが多いということ。若さも、健康も、威厳も、髪の毛も、体力も、気力も、筋力も、老いるとは失うものが多い。“老いる”とは、辛いことが多い。できなくなることも多い。

そんな“老い”を受け入れること。

欲望と執着があるから苦しむ。

あーしたい。こーしたい。こうでないと…。みたいな、欲望と執着があると苦しむ。

自分自身でできないことが増えていく、若いときにできていたことができなくなる。昔のことに執着したり、自分の思い通りにしたいという欲望があると、できないことに苦しむ。

そこは、“足るを知る”こと。いまの“現状を受け入れる”こと。あるがままを受け入れる

同じケアセンターで生活をしている人でも、ある人は、“食事の味が薄い、部屋が狭い”と言い、ある人は、“食事が美味しい、毎日が幸せ”だと言う。2人は同じ環境でも、それまで過ごしてきた生活と比べている。あるがままを受け入れられれば幸せに生きられる。

老いると、身体は痛くなるし、早く歩けなくなる。長く使っていればいずれ体にがたがくる。去年まではふつーにできていたことができなくなる。そうなったときは、「いままでできていたことに感謝する」ことだと。なまじ延命治療ができる時代に本人が助かる見込みがないのに苦しませることに意味があるのかと。いつまでも、若くて元気でいられるような情報に惑わされてはいけない。

認知症の人は今を生きている。自分で考えられる人ほど、未来を心配して過去に悔やんている高齢者が多い。認知症になってしまえば、いましか考えられない。すぐに忘れてしまうから。周りの人は大変だけど、実は認知症は神様からの贈り物かもしれない。

老いは自然現象。上手に老いて、上手に死ぬことができればいい。けれど、みんな健康に気を使いすぎていると。老いも死も直視することで、当たり前と思って受け入れやすくなる。