國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』をAudibleで聴きました!

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人は能力が高いが故に、暇と退屈に耐えられない。暇と退屈になるぐらいなら、苦しみを求める。つまるところ、経済的自由を得ても暇になるとそれ以前より辛くなるだろうな。やることないと、苦しいよね。と。東大の先生が講義をもとにまとめているので、ちゃんと理解できていないんだけど、暇と退屈は辛いんだと。

僕のメモをもとに、要約してもらった。


1. 人間は「退屈する存在」である

人間は想像力や思考力を持つため、単に生存が満たされるだけでは満足できない。
豊かで自由になるほど、「何をしたいのか」「何に意味があるのか」が問題になり、退屈が生まれる。

2. 人は退屈から逃れるために「気晴らし」を求める

人は退屈に耐えにくく、娯楽・消費・スポーツ・冒険・仕事などに向かう。
気晴らしには、単なる快楽だけでなく、苦労・負荷・興奮を伴うことが多い。

3. 人は自由だけでは生きづらく、「何かに従う」ことで安定する

完全な自由は、人に「常に選び、考え続けること」を要求する。
そのため人は、習慣・仕事・信仰・組織・ルールなどに自分を結びつけることで、退屈や不安から逃れようとする。






30代独身男性が、ランニングをしたり、筋トレをしたり、サウナに行ったり、山に登ってトレランをしたり、休日をタスクで埋めたり、ランニングサークルに所属したり、ショート動画を見たりする理由。

それは、単に健康や趣味のためだけではなく、暇と退屈から逃れ、考え続けるしんどさを避けるためでもあるのかもしれない。

同じ服を着ることも、習慣を続けることも、毎日の選択や迷いを減らし、考えなくても動ける状態をつくるための工夫なのだろう。

そんな行動原理が、少しだけ理解できた気がする。